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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1920号 判決 1969年5月15日

理由

一  控訴人は、まず、被控訴人自身が本件約束手形を振り出した旨主張するけれども、本件手形である甲第一号証中の振出人欄の被控訴人の署名押印が真正であることを認めるに足りる証拠がないから、控訴人の右主張は採用のかぎりでない。

二  そこで、林聡明が被控訴人を代理して本件手形を振り出した旨の控訴人の主張について判断する。

(一)  まず、林聡明に本件手形振出しの代理権があつたかどうかの点であるが、前に被控訴人がその父林聡明と共同して金額一五〇万円の約束手形を振り出したことは当事者間に争いがなく、《証拠》を総合すると右一五〇万円の手形(甲第三号証)は、被控訴人と林聡明の両名が、アパート建築資金の融資を他から受けるため訴外陳世英のあつせんにより控訴人に振り出してもらつた同額の融通手形の見返りとして、振り出したものであること、および、右控訴人の融通手形はけつきよく他で割引くことができなかつたので林聡明は、右陳世英を介してこれを控訴人に返還し、その後、控訴人から数回にわたり右建築資金と称して合計約八〇万円を借り受け、その返済のため、利息を組み入れて金額を一〇〇万円とする本件手形を被控訴人名義で振り出したこと、をそれぞれ認めることができる。このように、控訴人に振り出してもらつた融通手形の方はすでに返還しているのにかかわらず、一方前掲各証拠を総合すると、被控訴人と林聡明とが共同で振り出した一五〇万円の見返り手形は右両名に返還されず、これを担保として別途融資した陳世英から手形金請求の訴訟を提起されたことを認めることができる。このように、前に振り出した手形が返されずその請求の訴訟まで起されている以上、これよりも本件手形の方が少額であることや、前記認定のように原因関係において多少共通していること等の事情が存するからといつて、被控訴人において本件手形振出しの権限を他人に与えたものと推認することはむずかしい。したがつてまた、控訴人が主張するように、被控訴人において前の手形につき署名代理の権限を林聡明に与えていたとしても、本件手形の振り出しもその代理権の範囲内であるということはできない。のみならず、前の手形振出しにつき林聡明がなんらかの代理権を有していたかどうかが問題であり、前掲各証拠によれば、前の手形の振り出しについては、林聡明が自己の振出署名とともに共同振出人としての被控訴人の署名を代筆しその名下に被控訴人の印章を押捺したこと、および、被控訴人は、この手形が控訴人の融通手形の見返りとして振り出されるに至るまで終始同席し、交渉の一部始終および共同振出しの状況を見聞していたこと、をそれぞれ認めることができる。そうすると、林聡明が代わつてした右記名押印は、いわゆる表示機関として単なる事実上の代行をしたにすぎないとの疑いも存し、法律上の代理権を伴うものと断定することは困難であり、この点からしても、本件手形の振出しを前の代理権の範囲内のものと考えることはむずかしい。ほかには、被控訴人が本件手形振出しの代理権を林聡明に授与したことを認めるに足りる証拠がない。

(二)  つぎに、表見代理であるが、控訴人がその主張の前提としている林聡明による一五〇万円の前の手形の振出しについては、右(一)の末尾に説示したように、記名押印の事実上の代行をこえて法律的な代理権にもとづくものと断定することがむずかしく、したがつて、同人に代理権があつたことを前提とする控訴人の表見代理の主張はいずれも採用することはできない。のみならず、前記甲第一号証と第三号証の被控訴人名下の各印影を対照すると、本件手形に押捺されている被控訴人の印影が前の手形のその印影と一致しないことが明らかであるし、前の手形にあつてはそれが控訴人の融通手形の見返りとして振り出されるに至るまで被控訴人が終始同席していたのに対し、本件手形についてはその振出しの原因となつた控訴人からの約八〇万円の借入れは林聡明だけがこれに関与していたことは、すでに認定した通りである。この点、前記控訴本人の各供述中には被控訴人自身も右約八〇万円の貸借に関係した旨の供述部分もあるけれども、これは、《証拠》に照らし信用できず、かえつて、右控訴本人の供述中の他の部分によると、控訴人が右約八〇万円の貸金を林聡明に催告したのに対し、はじめは右林聡明だけが振出人となつている約束手形を届けてきたことを認めることができるから、この点からしても右約八〇万円の貸借には被控訴人が関与していない旨の前記認定を裏付けることができる。このように、前の手形と本件手形とでは、振出人欄の被控訴人の印影が一致しないし、その振出しの原因関係も事情をかなり異にするほか、本件手形の原因たる控訴人からの借金については被控訴人は関係していないのであり、これらの事由は被控訴人がはたして本件手形についても、前の手形と同様その他振出しを承認していたかどうか、疑いを生ぜしめるに足りるものということができる。そうすると、控訴人としてはこの点十分調査して確かめなければならなかつたものというべきところこの調査を尽くしたことを認めるに足りる証拠がないから、控訴人において、前の手形と同様本件手形についても被控訴人自身がその振出しを承認しまたは、林聡明に振出しの権限を与えていると信じたとしても、これは過失にもとづくものといわざるをえない。また、林聡明が控訴人の父であることを考慮に入れても、右の諸事情のもとにおいては、この結論を動かすことはできない。したがつて、控訴人には、林聡明に被控訴人を代理する権限ありと信ずべき理由もなく、結局、控訴人の表見代理の主張は、いずれも採用することができない。

(三)  要するに、本件手形振出しについて、被控訴人は代理権を与えていないし、表見代理も成立しない。

三  以上の通りであるから、被控訴人に本件手形振出しの責任を帰することができず、したがつて、被控訴人に対して右手形金の支払を求める控訴人の請求は理由がない。よつて、原判決中右請求を棄却した部分は正当である。

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